セブリング12時間レース始まり

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レースが始まるまでにはなんとかやるべきことは理解できたがそれを実行するのはまったく別問題。ケーブルTVで北米中に放送されるESPN2の番組と生で10時間放送されるESPN3の両番組を同じ制作チームが番組を作る。ボクはESPN3担当。ピットレーンにはESPN2の他3人のレポーターもいる。

決勝レースは3月17日(土)午前10:30にスタートした。さぁ、12時間耐久勝負の始まりだ。

最初の仕事はPrototype Challenge (PC) Classのポールチームのインタビュー。レース開始と同時に各クラスのポールポジョンを上から紹介しインタビューする。ここで各ピットレポーターも番組内で紹介される。昨年までジャガーでGTクラスに参戦していて初めて2012からPCクラスでエントリーしているRSRというチームをインタビューすることになった。ドライバーは3人いて、一人はクルマに既に乗っているのでスタンバイしている二人のウチの一人であるトミー・ドリースィー(Tomy Drissi)をインタビューすることにした。

いきなりぶっつけ本番の生放送で行くという。トミーにはスタートと同時にインタビューするからピットテントに来てくれと事前に頼んでおいた。

インタビュー開始5分前。トミー現れず。もう一人のドライバー、ブルーノ・ジュンケイラ(ブラジル)のレーススタートに立ち会っているとチームマネージャーは言う。番組はどんどん進む。プロデューサーは「なんとしてでも探せ」と右耳に言う。カメラクルーは既にピットテントでスタンバイ。

インタビュー開始まで3分。トミーまだいない。「トミーいないんだけど。。」と言っても「探せ」の一点張り。このままボクに振られて肝心のドライバーがいない。もう一人のドライバーも一緒にいない。

インタビュー開始一分前。トミー、やっと余裕ふちかましながら歩いてくる。トミーをつかみ隣にすかさず立つ。その瞬間アナウンサーのジョンが「さぁ、次はPCクラスのポールポジョンです。ピットレーンにいるタロウ・コキに行ってみましょう!」

さぁ、これがキューだ、トミーにマイクを向け「ジョンとジェレミーありがとう、チーム結成は本当にぎりぎりの2週間前。それでもポールポジション。。。」と質問。

同時にレースがスタートしたので爆音が後ろで流れて、自分の声、ヘッドホーンから流れる音何も聞こえない。トミーもボクが何を言っているのか聞こえない。クルマが過ぎ去った後聞こえたプロデューサーの声。

「OPEN YOUR MIC(マイクをつけろ)!」。。。

このドタバタの中で肝心の自分のマイクをオンにすることを忘れてしまった!口パク状態でスタートしてしまった。

すかさずマイクをつけもう一度質問をしてトミーにマイクを向けた。

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後から番組を見るとそれほどのミスではないように見えるが(と思う)その時はもう穴があれば入りたいほど。自分においおい、いきなり本番でやるかと?呆れと後悔が頭の中をぐるぐると巡る。やっちまったなと反省する反面、まだレースは始まったばかり。これからなんとかして挽回しようと気持ちを持ち直してピットレーンに向かった。

さぁ、仕事だ

いい加減な気持ちで引き受けたつもりはまったくなかったが「ピットに出て自分なりの視点でレポートすれば良い」という気持ちでセブリングに来たものの、実際待っていたのはホンちゃんのレースレポーティングだった。
昨年のル・マン24時間の覇者、アンドレ・ロッテラーをインタビューするジェイミー・ハウ

練習走行の時にヘッドフォンとマイクを持ってピットレーンに出た。

いきなりオーディオトラブル。。。なんと右耳と左耳に別々の番組が流れている!

右からESPN、左からESPN3のアナウンサーの音声が入ってくる。4人の声がごちゃごちゃに聞こえ、これでは何がなんだかまったくわからない。いくら未経験といえどもさすがにこれが正常なわけはないと判断。直接連絡を取り合うのはピットプロデューサーのジェニファー。すぐに彼女に状況を説明するがイマイチ理解してくれず、一応音声ミクサーに問題を転送してくれたようだが結局そのまま解決せず練習走行は終了。

レポーティングどころかテクニカルトラブルを解決しようとしている間に木曜日の練習走行は終了した。

金曜日は予選日。朝から一段と緊張した雰囲気が流れている。それに増して自分もどんどん緊張。自分なりに「楽しんでやろう!」と言い聞かせてもなかなかこの状態の中で楽しむのは難しい。

続く

クレデンシャルよし

                                      セブリングのような大きなレースには火曜日に現地入りし、水曜日からサーキットで準備を始める。水曜日朝一の制作ミーティングに間に合うように宿を出た。しかしサーキットについたらまずクレデンシャル・パスをメディアの受付で引きとってから施設内に入る。慣れているイベントやサーキットなら勝手がわかっているのでスムーズに進むのだが初めてのサーキットに初めてのアメリカン・ル・マン・シリーズとあっておまけに広大なセブリングの敷地内のいったいどこにメディアセンターがあるのか分からない。メディアセンターに着くと名前が登録されていない。。。あらかじめ顔写真などオンライン登録で済ませてあったのに又その場で写真とったりその後迷ってなんやかんやシャトルに乗ったり降りたりしているウチにミーティングに案の定遅刻。一時間早く着く予定だったのに。。。大丈夫か、おい?と独り言いいつつ。

「おおー、来たか!」とプロデューサーに迎えられ、ミーティングに途中から参加し、15人ほど一度に紹介される。名前と顔を覚えるのが案外苦手な方なので結局誰が何なのかほとんどわからず。

ALMSのユニホームやジャケットを渡されたのだが、袋に書いてある自分の名前のスペルは完全に間違っていた。。。Tarrellって何?NFLワイドレシーバーみたいな名前だなと一人でウケて、おもわずTwitterでツイート発信。見渡せばまったく日本人というかほとんどアジア人もいないことに気づき、ま、これなら仕方ないかと変に納得した。

ミーティングで確認できたのはボクはあくまでもESPN3というESPNのオンライン配信版のレポーターということ。オンライン版と言ってもかなりしっかりしていて、ちゃんと専属のアナウンサーも二人いる。その内の一人はラジオ・ルマンで有名な英国人、ジョン・ハインドホフ。わざわざイベント毎にイギリスからやってくる。アウディのTruth in 24というドキュメンタリーを見たことある人なら知っているかもしれない。何度も彼は登場する。とにかくモータースポーツのことなら何でも知っていて、話をさせたら一流のレースアナウンサー。それがいきなりトレーラーに入ったら目の前にいてびっくりした。

もう一人はジェレミー・ショーというこれまた英国人。彼はアメリカ在住のレースジャーナリスト。アメリカの若手ロードレーサーを育てるTeam USA Scholarshipというなんともすばらしい奨学金制度を設立し運営したりとレース業界でしっかりと地位とリスペクとを築いている。

この二人をレース中ヘッドフォンのプログラムチャンネルで聞いていると自分の発音もつられてイギリス風になりそうになるので注意が必要なのだ。漫才ばっかり見ていると思わず関西弁で「なんやねん?!」とか言いそうになるのと同じことだと思う。冗談はさておき本当にこの二人、ボクを暖かく迎えてくれたのだ。

「分からないことがあったら何でも聞いてくれ」、

「なんか知りたいことないのか?」などと話しかけてきてくれた。

しかし正直あの時は何を聞けばよいのかさえ分からないほど分かっていなかった。読者の皆さんそのような経験があるでしょうか?

ピットレポーターとは。。。

ピットレポーターとはレース中継時にピットエリアからレポートする人のことを指す。いわゆる現場から生の声でレースを視聴者に伝える重要な役割であり。日本人でもっとも有名なのはなんと言ってもフジテレビのF1中継で有名な今宮純さん。学生時代F1全盛期に今宮さんのエキサイティングな現場レポートを聞いて喜んでいたのを思い出す。まさか自分が同じことをするようになるとはまったく夢にも思わなかった。

レースの種類によって多少異なるがアメリカン・ル・マン・シリーズ(ALMS)のピットはアメリカのサーキットで行われるので腰ぐらいまでの高さのピットウォールがあり、クルーはその後ろで通常スタンバイしている。ピットストップ時にはそのピットウォールを飛び越え、タイヤ交換や燃料などの整備を行う。もちろんドライバー交代も同様。日本やヨーロッパのサーキットは壁がない場合がほとんどで、ガレージの目の前でピットストップを行うことが多い。

ピットレポーターは通常この壁の外、つまりレースカーのすぐ側から現場の状況をレポートする。シーズン途中から機材がアップグレードされたがセブリングでは頭にアンテナのついたヘッドフォンをつけ、腰の周りにはバッテリーと通信機をつけて歩き回る。

耐久レースでは必ず燃料補充が必要なのでピットエリア内に入るにはスタッフ、メディア、クルー、マネージャー全員必ずレーシングスーツの着用が義務づけられている。これは格好の為ではなく、防火素材でできているので安全の為に着る。ピットロード上で仕事をするクルー、ドライバーとマーシャルはヘルメットの着用まで義務づけられている。アナウンサー/レポーターはこの大きいヘッドフォンがあるため一応ノーヘルが許されているが、ヨーロッパではそろそろノーヘルが禁止になるのではないかと言われている。安全の為にはもちろん良いと思うが、この格好に顔が出たヘルメットをしてオンカメラはけっこうキツイものがあると思うのはボクだけではないよう。。。特に小柄な女性ピットレポータにとってはマッチ棒みたいに見えてしまいせっかくの美貌も台無しになること必至。ま、いわゆるマヌケに見えるということで反対意見が多いのである。

ALMSのレースは最長が12時間で最短が2時間。いずれもブース内のアナウンサーと解説者が喋り通しではつまらなくなってしまい、長丁場である程現場からピットストップのレポート、アクシデントの最新情報、ドライバーインタビューなどで番組に貢献する。やはり生の声をピットレーンから伝えることで番組の面白さが格段にアップする。

ヘッドフォンのオーディオは2チャンネル別々に分かれている。右耳にIFB(Interruptible foldback)と言われるディレクターやプロデューサーがアナウンサーに話す時に使うチャンネルと左耳は番組音声のProgramチャンネル。IFBはプロデューサーなどが指示を出すのに使う。ピットレポータの場合はキューしたり、「あと10秒でまとめろ」とか具体的な指示を出される。また、オンエアでない時にもこのチャンネルをつかってプロデューサーと会話もできる。例えば「◎◎号のタイヤがパンクしているけど今からレポートできるよ」などと現場からレポートをピッチ(提案)する時に使うチャンネル。これが爆音極まるピットレーンから冷静に行う必要がある。ピットエリア内は混沌としているのでピットレポーターはすべて単独行動。唯一進行中の生番組との繋がりはヘッドフォンの右耳からのプロデューサーの声と左耳から流れる番組音声であり、レースの展開、番組の空気を自ら把握しあとは一人でネタ探しに走り回り、インタビューも一人でアレンジし、ピットレポートをピッチし、キューに従いマイクでそこからレポートする。カメラが必要とした場合には二人いるピットカメラをこっちに送ってくれる。

上記のことをほとんど知らないままセブリングの初仕事に挑んだのでした。今思えば恐ろしい。。。

ファルケンタイヤと始めのきっかけ

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このESPN/ALMSの仕事はあるツテを元にボクがGTChannelとして何かアメリカン・ル・マンと仕事がしたいとアプローチしたことから始まった。そこにはファルケンタイヤとの関係が意味を持ってくる。

米国ドリフト界でファルケンタイヤはかなり大きな存在で我々はフォームュラドリフトで活躍するファルケンの日本人ドライバー吉原大二郎選手に密着したBehind the Smokeというウェブシリーズを2011年から配信し、良い関係を築いてきた。2011年に大二郎選手がシリーズ優勝し、その一部始終をすべてビデオにおさめて毎週月曜に配信する週刊ビデオシリーズとして5ヶ月間に累計100万ビューを突破するヒットとなった。その番組を制作するにあたり現場問わずフルアクセルでGTChannelは撮影を許され大変お世話になっている会社である。

ファルケンは2年前からこのALMSのGTクラスにポルシェで参戦していて、ALMSからは新タイヤメーカーの参入ということで歓迎されていた。ファルケン本体はタイヤ開発の場として、現地法人はマーケティングの一環としてこのALMSを選んだ。ドリフトではストリートタイアを使用しているが、GTクラスのポルシェは一般道路では走れないレーシングスリックを使用。レース用のスリックタイアを販売していないファルケンにとってはまさに開発の為のプラットフォームだった。レースに参戦することによりタイヤ開発に必要なデータを思う存分収集することができる。特に長い時間、長距離を走る耐久レースは自動車メーカーやタイヤ会社にとって大事なデータ収集の場なのである。勿論勝つことは大前提だが同じくらいに開発の場しての意味合いを持つ。レースに参戦することによりあらゆるデータを技術チームは収集できる。どのタイヤ構成とどのコンパウンドがどの環境でどのように走るとどのようなパフォーマンスをするのか。温度から内圧、すり減り具合と計測できるものはすべて網羅する。メーカーが参戦するということはそれだけ本気ということ。

そのファルケンからのお墨付きがボクにあったことはALMSにとってまずは好印象であったことは間違いない。もう一つ大きなポイントはGTChannelは狙い目のデモグラフィックである18−35才の客層をがっちり押さえていることだった。8万人以上の購読者をYoutubeでもち、一ヶ月に2百万以上ビューがある自動車チャンネルはパートナーとして最適。しかし彼らはタダ単にコンテンツを提供したり共同でコンテンツをプロデュースするよりもボクをチームメンバーとして迎え入れることを選んだ。それは本当にALMSの一員のピットレポーターとして内部に入れることにより一層強い関係を築き全体的にGTChannelとの相乗効果を目的とした。

大きな絵としては理想的な提携だった。同時に個人的にもこれは希に到来する大チャンスだと見て、少々不安はあったが快く引き受けた。オンカメラはGTChannelのビデオで何度か経験はあった。「自分なりの視点で新鮮なレポートをしてほしい」という言葉に多少安心して、全力でぶつかってみることにした。

提携の内容を報告するとファルケンの担当者も「え?ピットレポータなの?」と話が若干違う方向に進んだことに多少びっくりするとともにその新しい機会に喜んでくれた。

いきなりセブリング12時間レース

2012年アメリカン・ル・マン・シリーズ(ALMS)第一戦はかの有名なセブリング12時間レース(12 Hours of Sebring)。ル・マン24時間レースとディトナ24時間レースと合わせて世界三大耐久レースの一つと言われている。初開催は1952年だが1999年からアメリカン・ル・マンに権利が移り、ALMSの看板レースとなっている。
ボクのピットレポーターとしてのデビューは2012年3月17日のセブリング12時間レースから。知らないとは怖いものでロクに予習もせずまったく何もわからないままボクはセブリングに向かった。というか、自分の仕事自体いったい何をやるのかもあまり理解していなかった。ただESPN3のレポーターやるだけでは本職のGTChannelにあまりメリットがないので一石二鳥だろうと思い、ALMSの裏場面を捉えるALMS Undercoverというネット番組を企画。ビデオカメラマンのテディー君と一緒にフロリダはセブリングに到着。
レポーターをやることになったことをまず真っ先に報告したのがベストモータリングやホットバージョンでお世話になった日本のYTさん。「湖亀さんが行くなら視察がてら遊びにいこうかな」と。
YTさんはスーパーGTのテレビ番組制作やレース映像といえばこの人と言う人。初仕事に心強い味方が来てくれるとボクはちょっと安心且つあまりかっこ悪いところも見せられないと気が引き締まった。
一応ALMSのボスBenには「太郎ならではの見方とか、新しい観点から我々のレースを伝えて欲しい」ということを言われて白羽の矢が当たった。今思えば本当にとんでもないリスクを犯してボクを雇ってくれたんだなと思う。まったくレポーター経験も無く、ALMS自体詳しく知らない人間を何故雇ったんだろうと思うほど。。。
「自分なりの視点をレポートすれば良いのか」とだけ思って現地に到着したのだがこれがこの上なく読みが甘かったとことに気づき今まで経験したことない程の無力感をセブリングで体験するのである。
続く。。。